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お勧めの本


 私は岩波新書が好きですが、中でも、「ウェブ社会をどう生きるか」(西垣通著)はとても良い本です。

 秋葉原の事件が携帯電話の掲示板とバーチャル世界がきっかけになったとすれば、「自分のほんとうの時間を生きる=いのちを生きる」ことがなかった結果として起きたこととして考察できるでしょう。なぜなら、掲示板など(ブログも含めて)デジタルで送られる「情報」とは、先生の言葉を借りれば、修正可能ないのちのない(=時間のない)機械の「言葉」です。

 一方で、私たち人間は、決して後戻りすることのない一回性のいのち=時間を生きています。いったん、この「情報社会」にのみ自分が呑まれてしまうと、自分の生きるべき時間=いのちを見失い、究極的には先生の言葉で機械のような「廃物」になってしまうかもしれません。秋葉原の事件は決して特異なものとはいえない危険性をこの社会は内包しています。

 先生の論点は、話題の本「生物と無生物のあいだ」と基本的には同じだと感じました。


 岩波新書「ウェブ社会をどう生きるか」
 抜粋:(34~35ページ)
・・・機械と生物の相違はいろいろありますが、本質的なのは"時間”との関係です。機械にとって時間とは反復可能なものであり、その行動は原則として未来永劫、反復可能な時間の中で定められています・・・(略)誤りは修正されますし、修正がきかなくなった点で機械から廃物になってしまうのです。コンピュータの「プログラム」は「予め(pro)書く(gram)」とう言葉から来ていることを思い出さねばなりません。・・・(略)・・・そう考えてくると、情報を小包とみなす高度情報通信社会なるものが、いかに人間の自由を奪い、人間をサイボーグのように機械的・反復的な時間のなかに閉じ込めるかがわかってくるはずです。いったん商品の生産消費のサイクルにとらえられると、「取りもどせない時間を生きている」という実感は薄れていきます。機械情報の氾濫のなかで、生命の燃焼感も忘我の瞬間も消えていってしまうのです・・・
 抜粋終わり。

 先生の鮮やかな結論を知りたい方はぜひお読みください。

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