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タマちゃん、スズキさんとお茶をする。
















 時々、このブログに登場してくださる「スズキさん」が金曜日におばちゃんとタマちゃんを訪ねてくれました。スズキさんは、若い女性向けナチュラル雑誌が似合う雰囲気の方です。楚々とした感じと穏やかな声にタマちゃんもおばちゃんも癒されています。決してほめすぎではなく、本当に現代の若い女性にはめずらしい和む優しさが感じられる方です。

 スズキさんにお世話になったのは2年前、亡き父(おじちゃん)の最期の時、お願いして私と一緒に徹夜で父を見守ったことをいつも思い出します。タマちゃんも寝ずに私たちと一緒におじちゃんの呼吸を守っていました。あれから、3年目の夏が来ました。

 私はアメリカと日本を行ったり来たりしていた時でしたので、スズキさんのヘルプは本当に有り難いと思いました。おばちゃんも帯状疱疹で歩けなくなり体調を崩して入退院を繰り返していた時でした。

 タマちゃんだって、決して状態は良くなかったのですが、頑張ってくれました。

 おじちゃんは床ずれやガンの痛み、呼吸困難の苦しさをモルヒネでコントロールしていましたが、おそらく、その日は辛さの頂点にあったのでしょう。言葉も話せず、身体も動かせないという中で、手をやっと伸ばして痛みを逃れようとしたその手がそばの障子の骨に当たり本当にいたそうに顔をしかめました。スズキさんと私で急いでベッドの周りをありったけの家の布団で囲い、手足が動いた場合に備えました。そんな夜がありました。忘れることが出来ません。父は薄れる意識の中でスズキさんの優しい呼びかけや私たちの懸命の介護にありがとうと言いたかったのかもしれないと思いました。

 危篤になってからまた持ち直し、また危篤という状態を繰返したおじちゃん。スポーツ万能で、シニアゴルフ優勝はじめ、昔のスキー1級の保持(トニーザイラーとかの時代)、スキー場で遊ばずにパトロールしていたらしい。かつては、麻布十番の野球チームを率いていたり、元祖山ボーイで、昭和時代にアウトドアキャンプや釣り。千葉や伊豆に行っては、鯛やイセエビを釣ってきたことを思い出します。

 オシャレといえば、弟の結婚式で、まだ町のおじさんたちが白いネクタイに黒のダブルという礼服の時代に、いち早くタキシードに蝶ネクタイで参列。東京プリンスの宴会場の前に立っていたら、ホテルマンと間違えられて、知らぬ人から、「お手洗いはどこですか?」と聞かれ、ニコニコと「あ~、ご案内します」と言うようなおじちゃんでした。

 おじちゃんは明るくて数々の笑える失敗談がああります。青山育ちなので戦後すぐ米軍の施設のそばではアメリカ兵がいて、チョコレートなどをもらうために英語を覚えたとのこと。ヨーロッパ旅行に団体で行ったときは、なぜか、「英語の話せる人」となってしまい、自分の観光はそっちのけで、皆さんの買い物のお世話に明け暮れたとか。でも、おじちゃんの英語って本当に通じたのかなぁっていうのが、私の疑問でもありますが、おじちゃんの「雰囲気」で伝わる英語だったのでしょう。

 おじちゃんは、皆さんが喜ぶことが大好きでした。徴収し難い方の町会費やおじいちゃんの山の会費も、仕方ないなぁとそっと自腹を切っていたことが亡くなってから判明。ある人は、「え~、町会費があったなんて今の今まで知りませんでした」と深く悼み至り、大きな花輪を届けてくれたっけ。

 ガンの宣告も独りで受け、家族が医師に呼ばれて説明を受けるまでは何も話さなかったおじちゃんでした。とにかく、人のため、町のため、そういう生き方を貫いたと思いました。

 おじちゃんが体調を崩した頃、不思議にも、タマちゃんが保護され我が家に来ました。すぐにおじちゃんと仲良しになり、茹でた刺身ホタテや高級花鰹を内緒でもらっていたので、そばを離れませんでした。おじちゃんが在宅で末期を過ごしたときは、ベッドのそばのテーブルで一昼夜タマちゃんが看護をして、おじちゃんの心を和ませていました。

 おじちゃんの入退院に前後して、タマちゃんも調子を崩しては動物病院に入退院していました。本当におじちゃんのことを心配していたのでしょう。

 おばちゃんの思い出話にじっと耳を傾けている若いスズキさんの優しさがおばちゃんの気持を和ませてくれたひと時でした。

 思い出を語れるようになった3年目。おばちゃんはようやくおじちゃんの死を受け入れなくてはと言っていましたが、まだまだ、なかなか辛いときがあるのでしょう。そんな時に、話相手になってくれたのがスズキさんでした。

 また、お待ちしています!

 今ご家族を看病、介護されている方がたくさんいらっしゃると思います。本当にさまざまな苦労を抱えストレスの多い時期だと思います。少しでも、介護されているかたが心が軽くなるようにと願っています。頑張ってとはいえませんが、介護の中に示されるささやかな光のような親子の愛やまた病気と闘うときに心にわくささやかな希望というものが介護をされる、する人、双方を支える大きな力だということは私も経験しました。

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