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** タマちゃんの再診 猫に携帯をは猫に小判か?

 一人暮らしのバークレイですが、時々、夜中にふと目が覚めたときに、『階下には佳代さん家族がいるから安心』と思い、また眠ることがでいます。
 
 佳代さんは、招待されたあるアメリカ人のパーティーに、手作りのスイートポテトケーキを持って行こうか、それとも、近くのケーキ屋さんのマカロンにしようかと考え中です。皆様ならどうするでしょうか?
 
 夕方、英語学校から帰宅すると佳代さんはいつも私に声をかけてくれます。二人でお茶をしながら、英語の話になります。かなりレベルの高いクラスに入ってしまった戸惑いがあるものの、英語を学びたいという眼差しを向けられると、私も勉強したいという思いが湧いてきます。
 
 英語は、簡単な言い回しほど難しいということです。難しい単語は一つで、言葉の定義をしますが(例えば、transportは、語源からも~から向こうへと運ぶという意味)ですが、”hit off”という、イチローがヒットを飛ばしたというような印象の言葉は、「気が合う」という意味があると知りました。佳代さんとと私はhit offです。
 
さて、私が日本にいる時、私の赤いマックブックの角に自分の頭をすりすりして、さも自分のPCだと言わんばかりのタマちゃん。キーボードの上に乗っかってくつろぐことも得意です。

 あるときは、おばちゃんのワンセグ(携帯のTV機能)でテレビを見入っていたタマちゃん。ほれ、あともう一歩で、携帯電話のボタンをその肉球で押して、私の所に直通で電話をしてくれないかしらと思う今日このごろです。
 
~~~~~~~~~~~~~~ 再診報告 ~~~~~~~~~


 これは去年のタマちゃんです。(2011)


   

おそらくこんな感じで病院に行ったのでしょう。

 





 この下の写真は、昨日、病院から帰ってきてほっとしているタマちゃんの姿。すみどんママ提供です。割合、元気そうですが、やはり、お腹が膨れ始めている様子がわかります。ホルモン関係の病気の症状です。胃腸は丈夫で食べられるので体力は充分でしょう。持ちこたえると確信しています。いつものタマちゃんですので、どうぞ、皆様ご心配されませんように。ただ、ちょっと数値が高かったようです。



 
 すみどんママには、タマちゃんを病院へ連れて行き、3時間後に引き取りに行くという時間と手間を取らせてしまいました。感謝しています。

すみどんママからのメールの引用:

詳しい検査結果は先生からメールがあると思います。
結果はホルモンの値が高くなっています(T_T)。
感染症に注意です。
 
お迎えに行くと口を開けて呼吸していてピンクの鼻が赤く興奮気味でした。
呼吸も早く心配でした。
 
具合が悪いようならいつでもれて来てくださいと先生に言われたのでひとまず家に急いで連れ帰りました。
でも家に帰って来てカリカリを食べてお水を飲んでトイレに入ったら落ち着きました。
今やっと一安心しました。
また2週間後に病院に行きます。
 
引用終わり:

 猫が開口呼吸をするというのは、心臓や呼吸器系に問題ありという可能性ですが、家に着いて落ち着いたとのこと、ひとまず安心しました。
 
 まさか、ご褒美に高級刺身用ホタテをもらえない「ホタテ欠乏症候群」でしょうか? ビタミン・ミネラル不足で足に神経痛が起きた私と一緒でしょうか?(笑い)
 
 副腎皮質腫瘍癌で手術をしてから二年目。2つあった副腎の残った1つで頑張っているという状態です。グルメなタマちゃんの場合、「食べたいものを食べて穏やかに過ごす」ことが生命の質を維持する上で大切だと先生から言われています。

 元気に見えて闘病中。半年持てば良いと先生も思っていたようですが、二年近く、私たちを楽しませてくれているタマちゃん。しかし、いつか、この状態も終わりが来るということに考えを切り替える必要が出てきたと思います。とにかく、タマちゃんにとり、痛み、苦しみのない、穏やかな時間をどう過ごしてもらうかが大切です。おばちゃんも慣れないながらも、投薬、注射で頑張ってくれています。
 
~~~~ 自分のためのメモ。メメントモリ~~~~~~~~~~~~~
 
 お聞きすれば、家族同様の動物を亡くし、今も辛い気持ちを抱えている飼い主が多くいます。私もいずれ、その立場に置かれます。その死をどう考えるか。「メメントモリ」、いつも自分の死を覚えよということ。
 
 5年の闘病生活を続けているタマちゃんにとり、闘病とは、私の解釈では、自分の生命を全うするための必要なプロセスの途上にあるということです。医療費も大変な金額ですが、後悔先に立たずで、出来るだけのことをしようと思います。
 
 6年前に保護され、その後、徐々に体調を崩しながらも元気でいてくれるタマちゃん。元気な頃へと「生命は後戻りできない。ただ前へ進んで行く」という生物学者の福岡伸一さん。この言葉をこれから長い時間をかけ受け入れて行かなければならない飼い主という立場。
 
  哲学者ハイデガーは、人生の中で、逃れようのない問題として、「いつかその人生が終わる」ということを私たちに改めて思い起こさせます。それは、必要だが、すべての時間を日々の出来事、世間との調整、他者への気遣いなどに投入し、人間存在の根底にある意味、本来的な生き方を見失っている自分とうい存在を見いだすべきだと。それは、死を孕んだ存在としての人間を全体的に捉えるということ。捉えるだけでなく、生きるということはどういうことかと問題提議をしています。

 アウシュビッツの生存者で精神科医のヴィクトール・フランクルも、日々の煩いや人生に対する煩い、疑いからの問い、「なぜ私の人生はこうなのか?人はどうして生きる意味をみいだせようか?」という問いから180度方向転換をし、問いを立て直す必要を説いています。人生の意味を問うのではなく、むしろ私は人生から何を問われているかと問うべきと。

 やはり、なんと言っても、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。それじゃ、何をどうすればいいのか。この複雑怪奇、弱肉強食、あちらを立てればこちらが立たず、被害者意識の蔓延、自己本意がまかり通る世の中で、野に咲く花の様に、ひ弱だけれど無垢に輝ける強さを持った人生を貫きたいと思えば路頭に迷う私。可憐にさえずる明るい小鳥のように人生を歌いたいと思えば声が出ない私。いったい、どうすれば良いのか?がつんと存在が打たれました!

 いずれにせよ、淡々と時は流れ、タマちゃんも私もある日の死という地点に向かっていることは真実です。これを、憶え、備え、受け止めるということは、どんな哲学を読み解いてもできません。それは、私の問題だからです。

 死ぬということを、人生の一部として受け止めることが出来るのは動物の強みでしょう。それは、人間の様に「将来のいつかと」に希望を置かず、「今ここ」で餌にありつけるのか、雨露しのげる安心できる寝床の場所があるかという緊急の課題を、家猫外猫に関わらず、いつも向き合わざるを得ない動物だからです。しかし、これはあくまで、人間サイドからの解釈であり、猫に聞いてみなければわからないことです。

 希望の持てるメメントモリとは何か。しかし、どれほど、富や業績を蓄積しても、過酷な事実として、死は人間にも動物にも平等にやってきます。近年は、緩和ケア、死生学などの学問的、社会的制度の進展で、患者の生命の質が向上しているとはいえ、私は、おじちゃんの果敢な闘病生活を自宅で目の当たりに見てから考えました。大事なことは、心身ともに痛みを具体的に軽減すること。それを可能にする基礎的な哲学の進化に加え、個人個人一人一人、一匹一匹のそれぞれの人生ストーリーに見合うケアの必要性を考えました。人生のストーリーを語らせる。まさに困難な最中でも、それぞれの人生を完結させることに人生の意味と価値はかかっていると思いました。

 そして、あの東日本大震災。津波で奪われた甚大な数のいのちに思いをはせれ、今からきちんと人生のあり方を考えておくことが、私なりの「メメントモリ」です。タマちゃんも、その流れの中の中で考えたいと思います。明瞭な答えはありません。ただ、できることは、「その日」に備えることでしょう。ある意味、防災と同じです。「30年後でも、今でもおかしくない」という気象庁発表のいつか起きるという「巨大地震」への備えと同じでしょう。

 備えるといっても、いざ、その時に、何ができるのか?何も出来ないのが人間です。自分を証明したくなる、自己実現を唯一の目的としている人間の弱さが「その日」に露呈するということです。しかし、それでもなお、備え亡いことよりは、備えることが、心に余裕を作るでしょう。生命とはかくも強く、そして、このようにもろくもあったかと、タマちゃんのD-dayに思うでしょう。しかし、それこそが、大変意味の深いことだと今から覚えることは、力強い「備え」だと思います。タマちゃんから学んだことは沢山ありますが、中でも、いのちの温かさとぬくもり、優しさ、そして時には、過酷な痛みさえ貫かなければならないタマちゃんに、何も出来ないという飼い主の無力さでしょう。しかし、備えることはできます。

 そのために、私は、心に先人たちの言葉や詩を入れておくことが心の「防災袋」です。

 ここで、反論が予想されるので、1つ記しておきます。それは、「では、死というものへの備えなく、津波で突然人生を奪われた人々の尊いいのちをどう考えれば良いのか?遺族はどのように、これからの人生に意味を見いだせるのか?これは、私たち、すべてが自分の問題として考えるべき問題です。一緒にここで始めましょう。ボランテアに行くこともその具体的な行動です。あるいは、東北に行けない人も、私のように、アメリカにいる場合でも、身内や身近な人たちへのいたわりをもっていのちを考えるということもひとつだと思います。

 
私の好きな詩の一部を二つ:

 
    真実をそっくり語りなさい。しかし斜めに語りなさい-
           成功はまわり道にあります。
           私たちのひ弱な喜びには明るすぎます
           真実のもつ至高の驚きは。
 
           丁寧に説明すると
           子供たちも稲光りが怖くなくなるように
           真実はゆっくりと輝くのがよいのです
           さもないと誰もかも目がつぶれてしまいます。
 
エミリ・ディキンソン,亀井俊介訳;岩波文庫 ディキンソン詩集159頁
 
                   
                   
                 さらば唄え、小鳥よ、歓喜の歌を、
                 鼓の調べにつれてのよう
                 子羊をして躍らしめよ。
                 われらも心において汝らの群れに加わらん、
                 笛吹くものよ、戯るるものよ、
                 今日、5月のよろこびを
                 全心に感ずるものよ、
                 かつて輝やかしかりしもの、
                 今やわが眼より永えに消えうせたりとも、
                 はた、草には光輝、花には栄光ある
                 時代を取り返すこと能わずとても何かせん。
                 われらは悲しまず、寧ろ、
                 後に残れるものに力を見出さん。
                 今迄あり、将来もあるべき
                 本能的同情のうちに、
                 
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